2005年03月31日

Antonio Carlos Jobim / Composer

コンポーザー/ベスト・オブ・アントニオ・カルロス・ジョビン

ジョビンの歌は下手だ、下手だと云われますが、私には何処が下手なのかよくわかりません。私も音痴だからでしょうか?暖かみがあって、味わい深い歌だと思うのですが・・・確かにアルバム「Terra Brasilis」などは酔っ払いの鼻歌のように感じる曲も数曲あったりしますが・・・それもまた良し。

このアルバムは、ジョビンが60年代にワーナーに吹き込んだ曲がギッシリ28曲も収録されています。ジョビンの最初の一枚としては最適ではないかと思います。有名な「Wave」も勿論素晴らしいのですが、あちらは一曲を除いて(その一曲がまた素晴らしい)全てインストなので。

インストはインストでコンパクトにまとまっていて、洗練された響きが実に素晴らしいのですが。ドビュッシーやラヴェル、ガーシュウィンやサンバなんかのエッセンスを纏めて磨き上げた音楽、というような印象があります。理論的なことは、全く分からないのですが。

このCDは収録時間も長いし、休日の昼下がりに流していると、いい気分になれるかもしれません。
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Faure / Requiem

フォーレ:レクイエム

心が慰められ、この上ない安らぎを与えてくれる音楽。

私は無宗教のうえ、キリスト教に対する知識もまるでないのですが、私のような人間でもこの音楽を前にすると、その慈愛に満ちた穏やかな世界に言葉を失ってしまいます。

この純朴ともいえるような、祈りの音楽に抱擁されたまま眠り(普通の睡眠のことですよ!)につくのは、至上の体験といえるかもしれません。

レクイエムを子守唄にすることがどういうことなのかは分かりませんが、甘美な眠りへと誘ってくれる音楽だと思います。
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2005年03月30日

Joao Gilberto / 三月の水

三月の水

なぜ、このアルバムにたどり着くまでに時間がかかったか?それはやはり、ジャンルの囲いにとらわれていたから。私の持っていた音楽ガイド本には載っていなかった。というのは個人的な経験ですが、このアルバムはボサ・ノヴァで最初に聴くなら?という質問に対して、かなりの確率で挙げられるであろうアルバムだと思います。

私はアストラッド・ジルベルト、アントニオ・カルロス・ジョビンのアルバムに続いてこのアルバムを手にとりました。そして、このアルバムを聴いて一気にブラジル音楽への興味が深まりました。

それから、それなりにブラジル音楽も聴き進めてきたのですが、いろいろ聴いていくにつれて、このアルバムがより際立ったものであることに気がつきました。

このアルバムに納められている音楽には、内向して沈み込んでいく感覚があります。アルバム製作当時のジョアン・ジルベルトを取り巻く環境がどうであったのかはわかりません。意外と冗談でも言いながらつくられたものなのかもしれません。しかし私がこのアルバムに感じるのは、孤独感。

ボサ・ノヴァに対する一般的な印象というか、認識は・・・お洒落とか、清涼感がある音楽という感じでしょうか。これは、一昔前のカフェブームの功罪でもあるかもしれませんが。お洒落なボサ・ノヴァを期待して聴くと、少し肩透かしというか、「あら?」という感じになるかもしれません。

基本は声とギター。控えめなパーカーショッンやコーラスが入る曲も。無駄なものが何もない。かといって、物足りなさを感じるような部分も全くない。不思議です。

また、ジョアン・ジルベルトのギターカッティングは、非常にドライブ感があるので、そのリズム感も大変魅力的です。

一時は取り付かれたようにリピートして聴いていました。この先もそうなる時期が何度も訪れると思います。何度聴いても消費されることがない音楽です。

エンジニアはウォルター(ウェンディ)・カルロス。映画「時計仕掛けのオレンジ」で作曲・編曲を担当していた人ですね。
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2005年03月29日

深沢七郎 / 楢山節考

本を読んで涙が出る、という経験は殆どないのですが、この作品を読んだときは涙がこぼれました。

この作品は、姥捨て伝説を小説にしたものです。

舞台となる時代がいつの頃なのかわからないのですが、親を山に棄てに行くなんて、現代の感覚では考えられない残酷な仕打ちに思えます。しかし、それを現代の価値観で断罪することは出来ません。ぎりぎりの貧困、村社会の因習を背景としたなかで、そうする他ない状況があったわけです。

そういった状況では、皆(今の感覚からいえば)人間性が失われてしまうかというとそうではなく、棄てられる母親と、母を棄てに行く息子、その両者の心遣いが痛いくらい伝わってきます。

終盤、母を背負って雪山を行く場面はなんどもこみ上げてくるものがありました。圧倒的な白の世界が目の前に広がり、その情景とあいまって。

このように書くと、お涙ちょうだいの湿っぽい作品かと思われそうですが、そうではなく非常にドライで、第三者的な醒めた視点から綴られているような印象を持ちました。

ごつごつとして洗練されていない、でもだからこそ深いところまで響く作品だと思います。
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2005年03月28日

Marc Ribot / Yo! I Killed Your God

A Yo I Killed Your God

これは格好いい!

このアルバムは、マーク・リボーのバンドShrekのライブマテリアルを集めたアルバム。

オーネット・コールマンから「No New York」への流れを汲んだ、ささくれたアヴァンギャルド・ロック(ジャンルで括るのは意味がないといいながらも、やはり便利なので・・・)。

アヴァンギャルドとはいっても、アヴァンギャルドであること自体を目的とした音楽はつまらないものが多いですが、別にそんなことを意図してはいない原石の衝動が感じられます。隙間の多い音楽ですが、そのざらざらした空気感が何よりも魅力的。

フリージャズにしても、形骸化したフリージャズはつまらないものです。喧しいのがフリージャズ、というような。或いは、自由にやらねば!ということ自体が目的になってしまっているような音楽とか。

「自由」というものはなかなか扱いにくいものです。
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2005年03月27日

Brian Eno / Discreet Music

ディスクリート・ミュージック(紙ジャケット仕様)

緩やかな旋律が重なり合う、美しく控えめな音楽。

このCDを初めて聴いたときの経験。

CDを流しながらデスクに向かって何か作業をしていたのですが、何時の間にか寝ていました。眠りへの境目が一切意識されないまま、あまりにも自然に。

音楽の歴史にはそれほど詳しくないのですが、意識して聴取されることを意図していない音楽、というのは、エリック・サティの「家具の音楽」が最初なのでしょうか。

今でいう環境音楽というのとも少し違うような気がします。意識して聴取されることを意図していないことに対して意識的、とでもいうか。機能性と芸術性の比重の違いというか。もう少し挑戦的な意識を感じます。「家具の音楽」の初演のときのエピソードには、思わず笑ってしまいました。

「Discreet Music」は、静寂を呼ぶ音楽とでもいうか、何も音をかけない状態よりも静寂を感じさせる音楽。時間の流れまで、ゆったりしてきて・・・ZZZ

とはいっても、決して退屈な音楽ということではありません。

アルバム後半は「パッヘルベルのカノン」を素材に、同様のコンセプトで。

不眠症の方、試してみてはいかがでしょう?
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2005年03月26日

果たして?

私は社会的な問題に大変疎いうえ、知識も乏しいので、このような話題を取り上げるのは例外なのですが・・・

最近話題になっている、人権擁護法案。その名前に反して、危ういというか、とんでもない法案です。マスメディアは殆ど取り上げていないようですが、ネット上には問題点を考察した記事が山ほどあるので、是非調べてみて下さい。とりあえず、私は自民党に意見を送りました。

この件に限らず、「平和」だとか「人権」などというきれいな(誰も否定できない)言葉を振りかざして、自分達に都合の良い「良心」を強要してくる人達には、どうも素直に賛同できません。

平和反対!だとか、差別万歳!なんて人、いるのでしょうか?そりゃ、極一部、例外はあるかもしれませんが、基本的にはそんな人はいないでしょう。

ある種の市民活動家の人たちは、他人に自分の信奉する「良心」を強要し、それに賛同しない人のことを、差別主義者だとか軍国主義者などとレッテルを貼って(ある種の市民活動家という言葉も既にレッテル貼りなのかもしれませんが)、非難します。善良な(人の心をもっている)人間であるなら、賛同するのが当たり前、と思っている(思うことができる)ところに異様なものを感じてしまいます。単に無邪気なのか、それとも?

裏の目的がないのなら、とても正義感の強い、純粋な人達なのでしょう。しかし、平和や人権を守ることが目的なのか、自分の思想を押し通す(或いは年配の人の場合は、「この思想を抱えてウン10年、今更否定されてなるものか!」と守り抜く)ことが目的なのか、いつのまにか目的がひっくり返ってしまっているのでは?

一生に一度の卒業式で、主役である生徒を差し置いて(彼らに言わせれば、生徒の為を思ってこそなのでしょうが)騒動を起こす人達と、成人式に大多数の迷惑を顧みず、下らない自己主張をする人達。あまり違いがないような気がします。
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2005年03月25日

Imagine

「世界市民」とか「地球市民」という言葉を目にしたり、耳にしたとき。私の心に生じるのは・・・違和感、不快感、嫌悪感。

国境がなかったら・・・う〜ん、昨日の書き込みと矛盾するように映るかもしれませんが、このような考え方は、どうも素直に「そうだ、そうだ」と思えません。そんな世界はあり得ないことを承知した上で、心の片隅に置いておくからこそ美しいというか。

現実世界でこのような言葉を掲げる人と深くかかわりをもったことがないので、あくまで印象に過ぎないのですが、この言葉を掲げる人たちはその信条に反して、非常に独善的で排他的な人たちのように感じるのです。とても、隣人を愛している人たちだとは思えない。隣人をすら愛せない人たちが、世界中の人たちを愛し、友好関係を結ぶことができるのでしょうか?自分に都合よくこういった概念を利用しているだけなのでは?と思ってしまいます。

ジョン・レノンの「Imagine」は美しい歌です。私がこの歌に感じるのは、やるせなさ、疲労感、あきらめ。フラワームーブメントの時代の真っ只中を通過し、The Beatlesの狂騒を通過した男が、一人になって歌ったブルース(Kind Of Blue)なのではないか、と。

勿論、解釈は人それぞれ違って当然だと思いますし、正解があるわけでもない。

ただ、私には歌詞の内容を無邪気に額面どおり受け止めて、平和賛歌のように歌う姿は、どうも滑稽に映ってしまいます。

史上初の衛星中継番組「Our World」の為に曲を依頼されたジョン・レノンが作った曲が「All You Need Is Love」。その衛星中継で演奏しているとき、レノンはガムを噛んでいたそうです。
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2005年03月24日

Step Across The Border

ある程度音楽を聴いていくと、音楽(に限らず)をジャンルで分類することの弊害(無意味さ)について考えさせられます。売る側や、音楽ライター側の都合というか、手っ取り早く大雑把に音楽の内容を伝えることができるので、非常に便利なのは確かです。また、ある音楽に興味を持って「これは、どういう種類の音楽?どういったコーナーを探せばよいの?」というときなどにも、非常に便利です。

しかし、そういう風に囲い込んでしまうことによって、見えなくなってくる部分があるのも事実。「気に入ったこの音楽は(たまたま)〜というジャンルに括られるのか。」と「〜というジャンルだから好き。」とでは、全然違います。

楽しみ方は自由だし、何が正しい、なんてことはありませんが、いつも覗いているコーナーの向かい側のコーナーを覗いてみると、また新しい発見があってとても楽しくなるかもしれません。と、自分の経験から思います。意外と全部繋がっているものなんですね。

これは別に音楽に限ったことではなく、文学、映画、音楽・・・いろいろなものが繋がって拡がっているんだな、とその果てしなさに圧倒されつつも、とてもワクワクしてきてしまいます。一生のうちに全ての音楽を聴くことは不可能、全ての映画を観ることも、全ての書物を読むことも、全ての絵画を観ることも、全ての・・・・・・

アーカイヴ化とでもいうか、出会ったものを個人的な視点で整理整頓して、生きている中で自然にその在庫が増えていくというのは、なかなか楽しいものです。また、それは極々個人的なものではありますが、それぞれの人の何事にも変えがたい財産であると思います。

なにやら大層なことをいってますが、自分自身はまだまだ知らないことばかりだし、貪欲に知識を吸収するぞ!というような根性もないのです。少しづつでも増やしていきたいものですが。。。
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2005年03月23日

三月の雨

ボサ・ノヴァの生みの親の一人、アントニオ・カルロス・ジョビンの名曲に「三月の雨」という曲があります。

今は三月。僕の住んでいるところでは、雨がポロポロ。まさに、このシチュエーション!

しかし、ジョビンはブラジルの人であり、ブラジルは日本の反対側。日本の三月は春。ブラジルの三月は秋。

なんだか不思議な気分。半年後の雨の日に、聴きかえそう。
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はじめに

遅ればせながら、自分も試しにBlogを持ってみようかな、と軽い気持ちではじめてみました。

ものぐさな為、まめに更新することは出来ないと思いますし、何時の間にかひっそりと閉鎖されていた・・・ということになるのも目に見えているのですが、ものはためしということで・・・

と、初めての投稿から、読む気をなくさせてしまう内容ですみません!

思ったことなどをつらつらと書いていこうかと思います。小説や音楽が好きなので、そういった内容が多くなるかと思います。
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